両墓制とは、埋葬とお墓参り用で2つのお墓を設けること!

海の近くにある墓地

両墓制とは?徹底解説

  • 両墓制は、1人の故人に埋め墓と詣り墓の2つを用意する埋葬法。
  • お墓は故人を葬り、祈りを捧げる場所としての機能を持つ。
  • 火葬普及により、両墓制は減少し、単墓制が一般的に。
  • 死の穢れ観念から、両墓制では埋葬と供養の場を分けた。

「両墓制」というお墓の形をご存じでしょうか?

1人の死者に対して、2つのお墓を設ける方法です。遺体を埋葬する「埋め墓」と、お墓参りのための「詣り(まいり)墓」を設けます。

いまでは見られなくなった方法ですが、両墓制の中には、お墓が果たすとても大切な役割を見出せます。

この記事では、両墓制について詳しく説明しながら、人々がお墓に込めた想い、その役割について考えるきっかけになればと思います。

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この記事の目次

  1. お墓を建てる目的 
  2. 両墓制とは、埋葬地とお墓参りする場所とを分けること
  3. 両墓制が多く見られる地域
  4. まとめ
  5. 監修者コメント

お墓を建てる目的 

亡くなった人のために葬儀を執り行うのは、世界中どの地域、どの文化、どの宗教でも共通です。しかし、その後の遺体や遺骨の処理の方法は、地域や文化や宗教によってさまざまです。

石碑を建てる地域もあれば、土まんじゅうにする地域、川に流す地域もあります。日本ではお墓を建てて死者を供養してきましたが、その目的とは一体何なのでしょうか。

お墓の2つの役割 埋葬と祈り

お墓には2つの役割があると考えます。ひとつは、亡くなった人を埋葬するため。そしてもうひとつは、亡くなった人の冥福や、この世に生きる私たちの幸福を祈るため。

「わが家にはまだ不幸がないから、お墓は必要ない」

こう言う人が多くいます。もちろんそれは間違っていません。しかし、お墓の世界には生前墓(寿陵墓)というものもあるわけです。

亡くなった人を埋葬するわけでもないのにお墓を建てるということは、やはり石塔を礼拝や祈りの対象として考えていることを表しているのではないでしょうか。

「人間は二度死ぬ」という言葉の意味

「人間は二度死ぬ」という言葉があります。

世界中のさまざまな文化でこの言葉が語られていると言われていますが、この言葉の意味、分かるでしょうか?

1度目の死は肉体の死です。これは誰でも分かるでしょう。では、「二度死ぬ」とはどういうことなのでしょうか。

ある人がこの世から消えて亡くなったとしても、遺された人々の心や記憶の中ではその人は生き続けます。つまり、2度目の死とは、その人のことを思い出す人すら、この世から消えて亡くなってしまう時のことを指します。

お墓に埋葬と供養という2つの役割があるならば、1度目の死(死んでしまった肉体の処理)と、2度目の死(遺された者の心の問題)のそれぞれをケアしていることに他ならないのです。

お墓の前に立ち、故人様を偲ぶ限り、故人様は生き続けているのです。「人間は二度死ぬ」。ということは、二度生きるのです。

二度目の生を私たちの中で生かし続けるために、お墓が存在します。

お墓の前で、ご先祖様に祈りごとをする

みなさんはお墓参りに言った時に、手を合わせて、墓石に向かって何を語りかけますか?

「孫が100点取ったよー」というような近況報告もあれば、「息子の受験、一緒に応援しててね」と同意を求めることもあれば、「おじいちゃんの病気が治りますように」とお祈りをすることもあるのではないでしょうか。

これは、お墓の中に眠る死者の時間が経つことで、この世に生きていた身近な家族から、だんだんと神仏のような祈りの対象へと昇華していくことを表しています。

神社でしていたように、自分の両親や祖父母に、お祈りや願掛けを心の中でしてしまうのです。

両墓制とは、埋葬地とお墓参りする場所とを分けること

お墓の持つ2つの役割を最も分かりやすい形で表しているのが両墓制です。両墓制とは、遺体の埋葬地とお墓参りの場所を分ける墓制です。

火葬が一般化してしまった現代ではほとんど見られない方法ですが、ひと昔前までは近畿地方の一部で多く見られ、中国・四国地方や中部関東地方にも見られました。

九州や東北地方にはほとんど見られないとのことです。

埋め墓と詣り墓

両墓制とは、1人の死者に対して2つのお墓を用意するために、「両」の文字が用いられています。遺体を埋葬するためのお墓を「埋め墓」、お墓参りするためのお墓を「詣り(まいり)墓」と呼びました。

埋め墓は、遺体の埋葬地

埋め墓のことを別名「サンマイ」や「ミハカ」などと呼びます。村落のはずれ、山や、河原や、森の中など、生活空間から一番離れたところに設ける例が多く見られるようです。

両墓制は、その前提が土葬なので、まず遺体を土中に埋葬し、その上に、墓標となるものを置きました。墓標には、さまざまなものを用います。

「枕石」と呼ばれる自然石。草刈り鎌。木でできた塔婆や野位牌(白木でできた野外用の位牌)など。そして、その場所を竹垣で四方を囲むという例も見られます。おそらくこれは魔除けと結界を意味するのでしょう。

埋め墓へのお参りは四十九日や1年、3年などで弔い上げとし、そのあとはお参りすることなく放置するために、墓地全体は荒れ放題になるようです。

詣り墓は祖先の霊魂を礼拝する

埋め墓が遺体を埋葬し、その肉体を自然へと消滅させる場所ならば、詣り墓は故人の霊魂を祖霊や神霊に昇華させるために祈る場所です。寺院の境内や、生活空間の中に設けられることが多く、「ラントウバ」や「タッチョウバ」などと呼ばれます。

詣り墓の多くは、石塔です。私たちがよく見る一般的な角塔墓や、五輪塔、宝篋印塔、多宝塔のような仏塔が設置されます。石塔文化が日本にやって来たのは平安時代ですが、死者供養に石塔を用いたのは仏教の影響によります。

遺体は埋め墓に埋葬するために、詣り墓の中には遺体や遺骨などは納められなかったようです。一部、埋め墓の土を移したという例もあるようです。

埋め墓と詣り墓の位置関係

埋め墓と詣り墓の位置関係も地域によってさまざまです。最も多いのは村はずれの山や河原などに埋め墓を設け、村の中の共同墓地や寺院の境内に詣り墓を設けるというものです。

しかし中には、埋め墓と詣り墓が隣接しているケースもあります。また、「カミ」「シモ」の概念から、カミに詣り墓、シモに埋め墓が設置されます。

これは単純に東や西という問題ではなく、川上に詣り墓、その詣り墓からみてシモの方、つまり川下に埋め墓というような位置関係が見られます。

埋め墓と参り墓の時間差

埋め墓と詣り墓は、位置の差だけでなく時間差も見られます。遺体の埋葬は、死後の葬儀の一環で行われるでしょうが、詣り墓の石塔を建立するには時間を要します。一周年や三回忌などにあわせて石塔ができあがり、詣り墓が建立されます。

埋め墓への弔いについて

埋め墓は現在ではほとんど見られないケースです。これは、遺体の処理方法が火葬で一般化したからです。香川県多度津町の佐柳島は両墓制の風景が今でも残る島ですが、1990年代あたりを境に土葬をしなくなったそうです。

2つの墓地の管理や穴掘りは大変な労力を要し、土葬は火葬へ、そして両墓制は単墓制へと移行していきました。

両墓制が生まれた背景

両墓制の発生については諸説あり、明確な定義はなされていません。

  • 死を穢れと考えたため

最も有力なのは、死の穢れを遠ざけ、死者の供養の場を近くに置いたというものです。死は穢れとして考えられるだけでなく、物理的に臭気を放ち、また感染症の原因にもなったはずです。忌避観をともなう遺体の埋葬は村はずれで行い、故人の供養は村の中で行ったものだと思われます。 

  • 中国南部や沖縄に起源を見る

中国南部や沖縄には「洗骨」という風習がありましたが、民俗学者の柳田国男や大間知篤三はこのあたりに両墓制の起源を見るようです。

仏教伝来以前の、日本古来の葬制に「もがり」と呼ばれるものがあります。これは、死者を野ざらしにして、遺体が腐敗して白骨化するまで時間をかけて待つことです。

風にさらすという意味で「風葬」とも呼びますが、もがりは日本特有のものではなく古代中国にそのルーツを見ることができます。

遺体の白骨化の方法には、風葬だけでなく、水さらしにする水葬などもあります。そして沖縄などで広く行われていた「洗骨」では、風葬や水葬で白骨化した遺骨をきれいに洗い清めて骨壺に納めるのです。

骨壺はお墓で手厚く祀られます。沖縄の大きなお墓(亀甲墓)などはいまでも有名です。このように、遺体の処理(埋葬・風葬・水葬)と、その後の祭祀の場所を分けるという方法は古くから見られました。

ただし、石塔そのものが普及したのが中世から近世にかけてなので、両墓制は比較的新しい習俗なのでは、という意見も多くあります。

単墓制と無墓制

両墓制に対して、民俗学には「単墓制」と「無墓制」という言葉もあります。「単墓制」とは1人の死者に対してひとつのお墓を設けるもので、現在の日本のほとんどは単墓制でしょう。

埋葬地に石塔を建て、その石塔にお墓参りをします。また、「無墓制」とは、お墓を建てないという方法です。浄土真宗では、その教義から石塔を重要視しませんでした。

かつては火葬よりも土葬の方が主流でしたが、浄土真宗の盛んな地帯では火葬をし、遺骨は川や海に流したり、その辺りに打捨てたり、お寺や村の納骨堂に納められたりしたようです。

また、特に信仰心の厚い人たちは本山納骨をしました。これはいまでも行われている風習です。このように、葬儀後にお墓を建てない、という地域もあったのです。

両墓制が多く見られる地域

両墓制は、近畿地方や中四国地方に多く見られます。その他、関東地方や中部地方でも見られますが、東北地方や九州地方ではその痕跡が見られないとのことです。

両墓制、とくに埋め墓は時間が経つと自然に還るために形跡を残さないことがよくあります。現存するものとして、埼玉県新座市、長野県の佐久地域、瀬戸内海の諸島などが挙げられます。

まとめ

いかがでしたでしょうか。最後に両墓制についてまとめます。

この記事のポイント

  • お墓は、埋葬のためと、祈りのための、2つの役割があります。
  • 人間は二度死ぬ。二度目の生を私たちの中で生かし続けるために、お墓があります。
  • お墓の中に眠る死者は時間が経つことで、だんだんと神仏のような祈りの対象へと昇華していきます。
  • 両墓制とは、1人の死者に対して2つのお墓を用意する方法
  • 「埋め墓」では遺体を埋葬し、「詣り墓」にお墓参りします
  • 両墓制は現在ではほとんど見られません
  • 死を穢れと考えたために、埋め墓と詣り墓を分けたものと思われます
  • 1人の死者に対してひとつのお墓を設ける「単墓制」が現在の日本の主流です。
  • お墓を建てない「無墓制」もあります。

監修者コメント

監修者
終活・葬送ソーシャルワーカー
吉川美津子

遺体を埋葬する墓地とは別に石塔を建てる墓地を設ける墓制のことを両墓制といいます。つまり、埋め墓と詣り墓、2つの墓があるというわけです。両墓制という言葉を使いはじめたのは昭和初期に活躍したの民俗学者である大間篤三で、山村調査によって少なくとも当時全国13カ所に両墓制が存在していることを確認しています。特に近畿地方一帯に濃密な分布がみられています。